地下鉄日比谷線三ノ輪駅の北東,徒歩3分。明暦元年(1655年)の創建と伝えられる浄土宗の寺で,安政2年(1855年)の大地震の際に死んだ新吉原の多数の遊女が投げ込み同然に葬られ,以後「投込寺」とも呼ばれた。 葬られた遊女は2万人を超えるともいわれ,墓地にはこれらの遊女たちの霊を供養するために建てられた新吉原総霊塔がある。墓所の壁面に「生まれては苦界、死しては浄閑寺」と刻まれた銘版がはめ込まれている。