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科学者の眼(68)
アフォーダンスとシグニファイア
  安村 通晃 慶應義塾大学名誉教授

 
 アフォーダンスという言葉をご存知でしょうか? 昔、学内でとある研究会を催していた時、この言葉を紹介したら、海外からやってきた大学教員が、「そうか、アホがダンスするのか。アホダンス、アフォーダンス」と言って、大層喜んでいました。

 アフォーダンスは元々、生態心理学者のジェームズ・ギブソンが造った用語で、物事が何かを与える(affordする)という動詞を名詞化して作られた言葉です。たとえば、椅子は座ることや支えることをアフォードする、壁は視界を遮ることをアフォードし、鈴は音を鳴らすことをアフォードするなど、です。つまり、環境が人間や動物などに何らかの行為を促すようなものをアフォーダンスと呼びました。

 ヒューマンインタフェースの世界に、この言葉を持ち込んだのはドナルド・ノーマンです。この言葉は一度理解してしまえば非常に分かりやすいので、あっという間にヒューマンインタフェースの世界に広がりました。広がると同時に誤解も広まりました。たとえばデザイナーが、「製品にアフォーダンスを付けた」などと言うようなことも現われ、ネオギブソニアンからは手厳しい批判も浴びてきました。ノーマンはこれに対し「知覚されたアフォーダンス」という用語で、従来のアフォーダンスとの違いを明らかにしようとしましたが、それでも批判は止まず、やむなくノーマンは『複雑さと共に暮らす』という著書の中で、シグニファイアという用語を新たに作り、これをアフォーダンスの代わりに広めようとしました。

 シグニファイアは我々が知覚できる合図やシグナルのことです。たとえば、駅で人が少なくなっていれば、電車が出たばかりとか、逆に非常に混んでいた場合遅延があったのかと思うのはこのシグニファイアの働きです。シグニファイアは『複雑さと共に暮らす』の本の中では大いに喧伝され、アフォーダンスを追い落とすような勢いでした。

 しかし、その数年後に『誰のためのデザイン? 増補・改訂版』が出ると、今までの勢いはどこへやら、アフォーダンスが再び勢いを持ち直してきました。もちろんシグニファイアも登場するのですが、前著ほどの勢いはありません。これは「誰のためのデザイン?』(旧版) で最初にアフォーダンスを取り上げたこととも無縁ではないでしょう。しかしそれにしてもシグニファイアの歯切れが悪いのです。たとえば、ある行為を阻止する働きを反アフォーダンスと呼んでいます。道路上にある車止めのポールなどがその例で、ポールは実はゴムで出来ていても良い、一見してそこが車は通れないということが知覚されれば良いからです。これも、反シグニファイアと呼んでもいいはずでが、そうはなっておらず、反アフォーダンスとなっています。

 やはり、一度導入したアフォーダンスという用語の力があまりにも強い、ということなのでしょうか。

 ところで、テレビやビデオのリモコンで、電源ボタンが比較的早く見つけられるのは、習慣によりものか、それとも、アフォーダンス/シグニファイアによるものでしょうか。たいがいはリモコンの上部についており、赤い丸いボタンになっていることが多いですね。これは、習慣的にこういう機械に慣れ親しんできたからか、あるいは、そこが電源を押したくなる (=アフォードする)ものがあるからなんでしょうか。これも、面白い問題です。

 

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