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科学者の眼(47)
ギリシャで考えたこと

  安村 通晃 慶應義塾大学名誉教授


 サントリーニ島

 ディロス島

  ギリシャに10日間ほど行ってきた。ギリシャの風と風土を直接肌で感じてみたかったからだ。行ったところはサントリーニ島、ミコノス島とディロス島にアテネだけである。エーゲ海に浮かぶ島々は予想に違わず、青い海と白い建物、爽やかな風が印象的だ。特に、このエーゲ海が良かった。どこまでも透明でけがれのない海。心無しか、波までが穏やかだった。ヨーロッパの人々が夏でもこの地を避暑地として選ぶ理由が分かったような気がした。

 ミコノス島から日帰りで行くディロス島はわずか面積5キロ四方の島で、今は無人だ。かつて、海上交易で栄えた頃は、3万人もの人が住んでいたらしい。ところが、紀元前1世紀に、小アジアの小国に、住民全員が殺されてしまった。19世紀にフランスの調査団が入るまで島は取り残されたままとなり、現在でも、劇場、神殿、住居などの跡の多くがそのまま残っていた。

 アテネでも印象的だったのは、パルテノン神殿とその側のディオニソス劇場だ。パルテノン神殿は、高い丘の上に城塞のようにそびえ立っている。その前側に位置するディオニソス劇場も、ディロス島で見たと同じ野外劇場である。

 ギリシャ、特に、劇場に思い入れがあるのは、実は、学生時代(1968年)に学生仲間とギリシャ悲劇を自ら演じたからだ。演じたと言っても、単なる学生の遊びではない。女装をし、仮面を付けて、歌って踊るのだ。古代ギリシャ語から日本語に翻訳する者、歌と曲を作る者、劇の演出と踊りの振り付けをする者、衣装を作る者、コロス役その他の役を演じる者、そしてそれら全体をまとめる者などがいて始めて成り立つ(コロスとは、ギリシャ悲劇における合唱隊のことで、劇において登場人物であると同時に、解説の役割をも果たす大事な存在。劇の進行の中心的存在となっている)。演じた題目はアイスキュロス(ギリシャ悲劇の3大詩人の一人)の「救いを求める女たち」で、上演場所は当時まだ屋外テニス場だった田園コロシアムである。(その昔は日比谷野外音楽堂でやっていたそうだから、野外劇場という点ではギリシャと同じだ。)その後、NHKからもお声がかかり、教育テレビ(当時)でも放映された。今から思えば、なんと大胆なことをしたものだ。

 このアイスキュロスが活躍したのが紀元前5世紀頃で、また、アルキメデスは紀元前3世紀、ユークリッド(エウクレイデス)も紀元前3世紀頃。プラトンも紀元前3世紀頃活躍している。この頃が最もギリシャが栄えた時代のようだ。その後、多くの戦争もあり、特に中世以降、ギリシャはオスマン帝国の支配下におかれた。19世紀に入って独立戦争に勝ち、ようやく1829年に独立が承認された。

 なお、ディロス島の遺跡群などでは、現在のAR(拡張現実)の技術を使い、GPSと方位センサーを備えたスマートフォン(あるいは、より臨場感を出すには、頭部搭載型ディスプレイ)によって、建物や大理石像等をバーチャルに復元してアプリとして提供できれば、よりリアルに当時の状況が再現できる。これは、ちょっとだけお金をかければ、今の技術で十分できる。

 

         
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