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科学者の眼(29)
さようなら、羊蹄丸。また会う日まで、船の科学館。

  安村 通晃 慶應義塾大学教授

    

 
船の科学館が9月30日で閉館した。その前日、私は29日に見学してきた。南極観測船「宗谷」と青函連絡船「羊蹄丸」を保有する海の科学館がリニューアルのため、本館が閉館、また羊蹄丸は手放すことにしたようだ。宗谷の展示は継続するそうである。

 宗谷は戦前にソ連からの注文を受けて1938年に完成した船だが、時勢の影響でソ連には売却されず、軍艦としてガダルカナルなどを転戦した。戦後は、引揚げ船などとしても使われていたが、1956年(昭和32)年、第1次の南極観測船として南極に赴いた。1962年(昭和37年)まで使われたが、その役割を後継の「ふじ」に譲った。宗谷については、まだ継続展示されるとのことで、これ以上は触れない。

 船の科学館自体は、1974年(昭和49年)にオープンしたので、はや37年も経過した。一部リニューアルした形跡がみられるが、全体の展示がかなり古くさく、やはり全体に大幅なリニューアルは避けられないと思う。特に、単に船の模型を並べるだけではなく、なによりもインタラクティブな展示が望まれるし、船の原理も、もっと省エネや環境に特化したものも欲しい。

 羊蹄丸は、1988年(昭和63年)3月13日、青函トンネルの開通と同時に廃止となった青函連絡船で、最後に函館から最終運行した船である。青函連絡船は、1908年(明治41年)にその歴史が始まる。1914年に鉄道を運んでいる。私も、父の転勤で札幌に行く際、乗った記憶がある。展示では昭和30年代を模したシュールな人形によるものも見られ、観客の多くがシャッターを切っていた。

 青函連絡船は1967年からは車の搬送も始まった。1970年代には、飛行機の利用の普及、カーフェリーの普及などで利用が減少した。やはり、青函連絡船の特異な点は、鉄道車両を運搬した点であろう。これは、特に貨車輸送は効果的だったろうと思う。青函連絡船では、4時間かかったところが、青函トンネルを利用した場合、青森ー函館間は約2時間。しかも青函連絡船は、洞爺丸など、何度も台風による沈没などの被害を受けている。しかし、大量輸送という点は魅力的な面もあるが、高速化には対応し切れなかった。

 船の科学館の閉館(休館)は交通運輸の時代の変化を象徴させるものであった。

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