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科学者の眼(33)
ユークリッドと電子書籍

  徳田 雄洋 東京工業大学大学院教授


 地球上で最も多くの人に古くから読まれている本は何か?と質問した場合、ふつう答は聖書である。それでは2番目に多くの人に読まれている本は何だろうか?と質問した場合、おそらく答はユークリッドの書いた教科書「原論」である。

 このユークリッドによる幾何学・数学の教科書は、聖書より数百年も前に執筆されていて、21世紀の今日でも主要部分は世界中の学校で教えられている驚異の本である。多くの人は、三角形の内角の和が180度であることや、直角三角形の直角をはさむ各辺の長さの2乗の和が、斜辺の長さの2乗に等しいことを習った記憶があることと思う。

 2千数百年後の現代でも出版されている「原論」を実際に開けてみると、最初は用語の定義や前提をまとめて並べた部分である。試しに読んでみると、1つ目の文は「点は部分を持たない」、2つ目の文は「線は長さを持つが、幅は持たない」とある。ここでこれらの文を用語の定義と考えると、否定文なのでずいぶん頼りない定義である。「人間は翼を持たない」では人間の定義にならないからである。

 そしてこれらの文を前提と考えると、広がりを持たずに位置だけを持つ理想的な点も、幅がなく長さだけ持つ理想的な線も、私たちの生きる現実世界には存在しないという気持になってくる。現実の黒板や紙の上の点は広がりを持っているし、線は幅を持っている。この本は人間の頭の中にしか存在しない理想的な点や線の世界の話なのだろうか。どうやらこの最初の部分は読み飛ばした方がよさそうである。

 ユークリッドの「原論」のすごい点は、執筆時点以前の数百年間に得られた多くの人々の成果を、当時の考え方の水準で、体系的かつ論理的にまとめたことである。どんな時代・地域の人間や宇宙人でも反論できないような、厳密で普遍的な定義と証明を与えようという異常なまでの熱意にあふれている。

 さて2千数百年後でも読むことができるユークリッドの「原論」に比べると、私達のまわりで利用可能になっている電子書籍はどうだろうか? パソコンでもタブレットでもスマートフォンでも、どこでも購入して読むことができる電子書籍は人類の技術の偉大な成果である。これらの電子書籍は数百年後、数千年後の未来の人々に読んでもらえるだろうか?

 残念ながら、グーテンベルクプロジェクトや青空文庫などの一部の電子書籍を除き、一般の電子書籍の場合はおそらくノーである。理由は、今日の電子書籍のリーダーの装置寿命、基本ソフト寿命、応用ソフト寿命、電子書籍規格寿命、サービス提供組織寿命などがそれほど長くないと想像されるからである。

 大切な本は電子書籍版の購入だけでなく、紙版の書籍も購入して保存しておいた方がよさそうである。

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