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科学者の眼(31)
さるまわり

  川合 慧 放送大学教授


 さるまわし,ならぬ,さるまわり.耳慣れない言葉であろう.それもそのはず,原語はモンキーターン,競艇の用語である.

  競艇では,水路の両端に設けられた「ターンマーク」を左回りに回るので,全体的には直線走行と左旋回とを繰り返す.伝統的なターンのやり方は,速度を落とし,両膝をつきながら左に重心を移し舵を左に向け(旋回が始まる),180度回り終わる直前で舵を戻し,速度を上げる,となる.旋回中はボートの右半分は空中に浮くことになる.モンキーターンでは旋回の途中からこの「右半分の浮き」を無くすために,ボートの右側を脚で下に押す.そのために旋回の初期から立ち上がった姿勢をとる.

  「右半分の浮き」が無くなると,水の抵抗が増えて速度が急激に減少するとともに,ボートの回転が速くなる.結果として,旋回し終わった時点で走路の頂点により近い位置に進むことができる.コース全体としては,より内側の位置を走ることができるので,次の直線,そしてその次の旋回に有利なポジションを占めることができる.いいことづくめのようであるが,立ち上がることによって重心が高くなる不安定さに加えて,減速開始が早すぎると回りきれないし遅すぎるとコースアウトしてしまうという難しさがある.まさに絶妙のタイミングが必要なのである.実際,モンキーターンの開発初期には,タイミングの遅さからコースアウトし転覆あるいは外壁に激突する例が多発し,競艇場によっては禁止措置が取られたこともあったという.
    

  自動車のF1レースのスタート時には,かっては白煙がもうもうと立ち上がっていた.エンジンパワーにタイヤの接地力が追い付かず,空転していたせいである.ところが今では,エンジンのパワーをタイヤの接地力ぎりぎりにコントロールするコンピュータ制御のおかげで,白煙はほとんど出ない.絶妙な制御の賜物である.このように情報処理システムでは,あらかじめ計算されたまさにその時にきっちりとした条件を実現することができるので,まさに「絶妙のタイミング」,「絶妙な制御」を常に実現していることになる.これが,コンピュータを使ったシステムが非常に高い能率を実現できている理由である.ただしこのような制御では,余裕が全くあるいはほんの少しだけしかないので,考えに入れていなかった条件の影響で,動作が大きく外れる危険性もある.ちょっとした操作ミスや条件の考え落としで,巨大なシステムが停止したり異常なふるまいをすることがよくあるのはそのせいである.社会的に影響の大きいシステムを作る際の留意点であると同時に,日常的にそれに接している私たちに必要な心構えでもある.

  モンキーターンボートの自動制御も可能であろうが,あまり面白くはなさそうである.




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