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  デル株式会社


科学者の眼(28)
陽気な改札機

  川合 慧 放送大学教授




 筆者の通勤で世話になる自動改札機の中で,全部で6台並んでいるにもかかわらず,なぜか他のよりも多目に人が並ぶ改札機がある.それは,この改札機が陽気で楽しいからである.どのように陽気か,を語るために,数字について考えてみよう.

 世の中いろいろな数字が飛び交っている.気象予報の気温や降水確率,種々の料理のカロリー値,銀行定期預金の金利,CMに出てくるお客様満足度,などなど,数字の例には事欠くことがない.私たちはこれに慣れていて,当然と思っているが,社会が変われば状況は違ってくるし,その程度も大きく変わるに違いない.江戸時代の庶民にとっては,意識していたのは物の値段ぐらいで,それ以外の数字の意識は存在すらしなかったであろう.体調の目安ともなる体温も,熱い,温かい,普通,程度で扱われていた.水銀式の体温計が各家庭に普及したのは明治も中ごろすぎである.血圧という数値の扱いも似たような経緯を辿っている.このように,いろいろなものの状態を「数値」によって把握する状況は,一種の文化と言うこともできるかも知れない.

 さて,いくら数値文化だとは言っても,すべての数値が「真剣に扱われている」訳ではない.仮にそんなことをしたとすると身がもたない.世の中の数をいくつかに分けている筈である.どうでもいいもの,何かの目安程度のもの,まじめに参考にするもの,信頼してよいもの,守らないといけないもの,ぐらいであろうか.順に,茶碗一杯の米粒の数,お客様満足度,明日の降水確率,タクシーの料金メーター,今月の電気料金,と言ったところだろうか.交通機関の運賃は,ふつうは「守らないといけないもの」であろう.駅の出札窓口で値切っている光景は見たことがない.切符代はきちんと払う.これは私たちの社会の常識である(そうでない国もあるようだが).払った金額も確実に確認される,と普通は考える.

 電子マネーの勢いがとまらない.カードや,カード機能を組み込んだ携帯などが身の回りにあふれている.カード型の電子マネーでは,あらかじめお金(に相当するもの)をカードに入れておく.そして,カードの残額が少なくなってきたら,チャージと称する追加入金操作を行なう.このチャージも,残額が一定値以下になると,自動的にクレジット払いで実行されるオートチャージが一般的である.この,電子マネー+オートチャージを使っている場合は,機械に表示される金額にはそれ程気にかけなくなる傾向がある.入場の時には現在の残額が,出場の時には引き落とした金額と残額とが表示されるが,チェックするのは面倒であり,減ってゆくことは確かなのでいちいち細かく見たりはしなくなる.

 こうなってくると,改札機に表示される数値は,「守らないといけない」段階から「信頼してよいもの」に格下げになる.あるいは「参考程度」にまでなっているかも知れない.要するに,きちんと動いて(計算して)いる筈だから,と安心している訳である.

 さて冒頭の改札機に話を戻そう.筆者が初めてこの改札機で入場した時には「852円」と表示された.「え?」と思ったが人の流れのままに通過した.10円単位である運賃で「2円」が出る筈はない.出場の時に注意して見たが,正しい残額であった.念のために,と思って印刷してみたが,正しく計算されている.キツネにつままれた気分,という感じであった.

 それ以降,この特定の改札機は,さまざまな表示をしてくれるようなった.前の人の表示が変わらないことが一番多く,これはさすがに不安になる.次に多いのが,でたらめと思える数値.25円,6713円,545円,などいろいろである.たまには「0円」も出してくれる.ごくまれに,正しい残額が表示される.そしてどんな場合でも,出場時には正しい運賃が引かれているのである.要するにこの改札機は,「入場マーク」はつけるものの,残額の表示に関しては「でたらめ」に近いものらしい.

 実害がないと分かってくると,今度は,今日はどんな数字が出てくるかを楽しみにするようになった.正しい残額が出ると「なぁんだ」という気分.0円が出ると「やった!」である.この改札機が混むのは,皆が一瞬ではあるが残額を見て楽しんでいるからに違いない.この陽気な改札機は,知る人ぞ知る,デジタル社会のオアシスなのである.

(注)写真の自動改札機は本文中の改札機ではありません。


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