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  デル株式会社


科学者の眼(19)
ものには順序が?

  川合 慧 放送大学教授

  

  「ものには順序があるだろーが!」と怒られたことはないだろうか.下相談なしに企画書を作ってもっていた時とか,事態が進んでから相手の親に結婚の申し込みをした時とか,いろいろあるであろう.もっとも社会的な場においては,暗黙の順序は破られるためにあるという面もある.電車のドアがまず最初に開き,降りる人が降りてから,最後に乗る人が乗り込む,というのが一般に想定されている順序である.乗客の乗降をスムーズに行なうための,ほぼ唯一の順序であるが,何らかの非常事態が起ると破られる運命にある.ホームに山ほど人が待っていると,降りる人を待たずに我先に乗り込みたがる.戦時中のような非常事態では窓からの乗り降りも普通であったらしい.

 近頃の自動販売機には,鉄道用などの非接触カードで買える機能がついているものがある.恥を話すようであるが,筆者はその種の自販機を使うことがなかなかできなかった.もちろんカードは持っているのであるが,順序の呪縛にとらわれていたからである.現金専用の自販機では,購入したい商品を大体決めてから,その価格に充分な金額を投入し,最後に商品対応のボタンを押す.するとその商品と,あれば釣銭が出てくる.これが「伝統的」な順序である.要点は「まず現金投入」である.

 「まず現金投入」の考えしかない人にとっては,“現金→カード”という置き換えがまず頭に浮かぶ.それでカードをタッチすると,なんと,何も起きない!それであきらめる,というのが一般的構図である.そのような人は(筆者を含めて)かなりいたらしい.実際,しばらく経ってから,「カードでの購入方法」という注意書きが貼られるようになった.そこに書いてあるのは「まず商品を選んで下さい」.まさに青天の霹靂である.そういえばこのタイプの自販機では,普段から何やらアニメーションのようなランプの動きをしてる.ランプが左から右へ動くように光ったり,投入金額を表示するところが,
  | → ヨ → 日 → |日 → ヨ日 → 日日
のように変化したりしている.まあ,あれが「まず商品を選べ」という意味であると理解しろ,というのも無理な話であるが.

 あらためて「現金・カード両用自販機」を考えてみよう.カードを使うときには,ランプがチラチラしている中から買いたい商品のボタンを押す.するとチラチラは消えてその商品のランプだけが灯く.「注文を受け付けました」という気分であろうか.そうしてからカードをタッチすると商品がゴロンと出てくる.めでたしめでたし.現金で購入する場合,硬貨や紙幣を入れた途端に,カードでの購入機能はオフになり,ランプのチラチラも消える.最後はもちろん,商品購入のボタンである.操作する順序がまったく逆になっていることがわかる.

 ここで,店員さんがいる普通の店での買物を考えてみよう.誰も,いきなりお金を払ったりしない.商品を選んでからレジで支払いを行なう.この順番が,カードを使う自販機のそれと同じであることに注意しよう.このように考えてくると,現金用自販機の「まずお金」という順番が異質であり,利用者ではなく機械の都合を優先させたものであると言うことができるであろう.実際,この順番は“機械側ができるだけ損をしない”という観点から決められたという話もある.

 順序があるといろいろと面倒なことがおきる.どちらが先かで頭を悩ませることも多い.順序がなければ問題が減る.という訳で新型自販機の提案.すべての商品購入ボタンをカード読取り可能とする.こうすれば,商品選択と支払いが同時に済み,順序の問題は解決する.ただし,選択間違いや取消しに対応するために,確認(もう1回タッチする?)や取消し(時間待ち,あるいは取消し専用ボタン?)の機能は必要であろう.多数の読取り装置が必要なので自販機自体の価格は上がってしまうが,「順序」への想いめぐらしが生んだ,思考実験ならぬ思考設計であった.

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